ナインの会
Christian Community of Suicide Survivors

クリスチャン自死遺族のコミュニティ

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スタッフブログ

NHKスペシャル 「若者たちに死を選ばせない」

いつくしみ深き

いつくしみ深い(歌詞)

いつくしみ深い
讃美歌第二編 493番

 

ヨハネ福音書6章52-59節

ヨハネの福音書6章(大塚忍)
ヨハネ6章52節から59節

球根の中には

「ズーム」にチャレンジ

Zoom-unnamed
今年は2月と5月と2回続けて
オンラインでの分かち合いを行った。

6月も対面は避けてパソコン画面での
分かち合いしかできないことになった。

参加する前は、心理的な壁を感じて、
自死遺族の分かち合いに応用すべきか
戸惑っていた。


しかし、食わず嫌いではまずいと思い、
他の団体でしているズーム分かち合いに
混ぜていただいた。

司会者を知っていたせいもあり、
全く違和感を感じなかった。
それは昨年12月のこと。

そして2月、5月にはナインでも分かち合いを主催し、
20人近い参加者を得た。
次回は6月19日に予定していて、前回に近い参加者が
見込まれる。

夏以降はどうするか、未定だが、必要は多い。
人と人とがゆるくつながる道具として使える。
ズーム未経験の方がこれをお読みなら、
勇気を奮い起こしてチャレンジすることを勧めます。

身近なところでこれに詳しい人を見つけて
尋ねてみてください。
喜んで教えてくれるはずです。

「死にたい」を受け止めるー希望のダイヤル埼玉

無料電話相談
     FEBCキリスト教放送  シリーズ「共に生きる」
        希望のダイヤル埼玉
         049-228-7357
      月曜日ー土曜日(祝日も可)13-17時まで
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信仰の話も話せるサービスとして始まった
全国どこからでも電話を受ける
4名の匿名相談員の体験談がネット放送で
聞けるFEBCのインタビュー番組はこちら
希望のダイヤルのサイトはこちら

6月13日NHKスペシャル予告

6月13日
NHKスペシャル

午後9時ー9時50分
「若者の自死」

10代から30代の年代の自死問題を
取り上げます。
詳細はサイトで公開されるもよう
NHKのサイトはこちら


 

アイリス・ボルトン『ミッチ』

ミッチ
アイリス・ボルトン
『ミッチ』
原題は、My Son, My Son
(我が子よ、我が子よ) 

娘を失って初めて出た2009年9月の
全国自死遺族連絡会フォーラムで
講師のアメリカ人夫妻が
「今まで読んだ自死遺族の本で一番良い」
と言っていたので、読んでみた。
二十歳の息子を自死で失った
母の嘆きと長い回復の物語。
ボルトンさんはクリスチャンで
カウンセラー。
人助けをしながら息子は救えなかった。
悲劇としか思えない出来事の中で
「贈り物」を発見した。
原著はロングセラーとなっている
読むのは楽でなかった。
休み休み少しづつ読み進み、
ようやく読み終えた。
推薦してくれた人に励まされて
自分で翻訳して2013年に出版。
地元のメディアが取り上げてくれ
本屋さんにも並んだ。

今は店頭には出ていないが
在庫はあり自死遺族から
注文をいただくこともある。
Kindle版はこちらから買える


紙版は173ページ
1,200円プラス税
送料200円

 

小冊子「遺されたあなたのために」

Left-Behind

自死は、多くの人にとってことばに
出しにくいものであるとともに、
人生の一こまです。30秒にひとり、
世界のどこかで誰かが自らの手で
生を終わらせています。
その人は誰かの子ども、親、伴侶また友人です。
たとえ、身近に自死した人がいなくても、
その痛みと格闘せざるをえない人を
私たちは多く知っています。

 

ティム・ジャクソン著
監訳  ナインの会
発行 デイリーブレッド

A6版 44ページ

 PDFをダウンロードするには

こちらをクリック
発行所デイリーブレッドに申し込めば
冊子版を無料で送付してくれます。
こちらからも無料冊子版を申し込めます

「死別後シンドローム」(清水加奈子)

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清水加奈子さんは、若手の精神科医師

今スイスで研修中。

「自死遺族のことも出てくるだろうな」

と思い読み始めるとそのものズバリ。

父親を自死で亡くした二十歳の大学生。

 

母親は籍が入っていない。

 

父親は別に家庭があるという複雑系。

 

初めは患者の女子大学生は口さえ開かず

 

医師は連れてきた母親とばかり話した。

 

でも、清水医師は時間をかけて信頼を築き

 

女子大生に口を開かせられるようになる。

 

心は薬ではなくやはり人が治すのでしょう。

 

投薬するばかりが能ではない。

 

急性期の遺族に助けになりそう。

自助グループが助けになることも書いてある。

 

時事通信社 1800円プラス税

「聴く」という絆  キリスト教放送FEBC

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無料DVDあり   The Sweetest Gift


日本語訳のついたDVDを
希望者に無料で差し上げます。
少数なので終わり次第終了。
申し込みは、上の
 お問い合わせダイアログ 

             ハワード・ストーム「臨死」

臨死 ストーム
臨死体験という話を聞いたことがあるでしょうか?
大病や大事故で危うく死にかけた人が、
体外離脱したり、暗いトンネルに入り、
そのトンネルを抜けたら、素晴らしい光に出会い、
神様、イエス様、天使などに会った。

そして、奇跡的に健康を回復して
それから新しい人生を歩み出したとしたら。

ハワード・ストームさんは、美術の先生でしたが、
学生を引率して芸術の街パリに旅行中、
内臓に緊急手術を要する病気になり、
臨死状態に陥ります。

神など信じないストームさんが、
快復し、初めて聖書を学び
牧師にまでなってしまったのは、なぜ?

リーハイバレー・ジャパニーズ・
ミニストリーズ・メディア 発行
ロイド美代訳
定価 1,500円 プラス 税


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世話人の前島からもお分けできます。
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           メアリー・C・ニール「天国からの帰還」

マリー・ニール

現代人は天使の声を聴けるのか? 
 

カヤックごと滝つぼに呑み込まれて溺れ死んだ後、
再び地上へ連れ戻された
メアリー

その “ 死” のあいだに経験したものとは。

事故の前は教会には行くものの
生活はこの世の中に流されていた。
永遠の世界をかいま見た

メアリーは、本気で神様に従う人になる。
 

 

著者は整形外科医で、
南カリフォルニア大学医学部脊髄外科の元指導教官。
ワイオミング州ジャクソンホール整形 外科協会の共同設立者。

 

四六判・256 頁

本体1,600 円+ 税

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ヘンリー・スコット・ホランド「さよならのあとで」

さよなら
イギリス人キリスト者の詩。

たった一つの詩。
それを一冊にしたユニークな本。
訳者は明かされていない。
常識を裏切る本作りだ。
装丁も、シンプルそのもの。
たった1ページで表せるものを
わざわざ一冊にしたのには理由がある。
それを知りたくて手にしてみた。
なるほど。
これは情報を伝えるものではない。
空白のペーさえある。

Kindleでは読めるものではない。
紙をペラりとめくる時間も読書のうち。

イラストもすごくうまいというものでもないのに
読むことで自分と対話をさせられる。
死者が愛する者に語りかけているスタイル。

発行人は島田潤一郎さんで、
仲良かったいとこさんを亡くして
苦しんでいるときに出あった一編の詩を
叔父夫妻のために出した。

自分が何度でも読みたくなるものを
作りたかった野田という。

1冊につき送料200円。
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「わたしの心は騒いでいる」

「わたしの心は騒いでいる」

イエス・キリストが
十字架にかかられた
週のことばである。

『父よ、この時からわたしを
お救いください』と言おうか。
とも言われた。

神の子でさえ、常に平静な心を
保てたわけではない。
辛い時から救われたいと誰でも思う。

でも、そのあとですぐ、
キリストは
「いや、このためにこそ、
わたしはこの時に至ったのだ。
父よ、御名の栄光を現して
ください」とも祈る。

キリストはクリスチャンの模範だ。
正直に「この苦しみから救われたい」
と祈ることは間違いではない。
正直にそうすべきだ。

でも、それだけではなく
「いや、このためにこそ、
私は生かされているのかも知れない。
こんな苦しみの中でも、
神の栄光が現れてほしい」
と祈るべきなのだ。

神様はきっとそうしてくださる。


ヨハネ福音書12章27-28節

ポストベンション・カンファランス終わる

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(講演中の岡知史氏)

第一回の日本ポストベンションが終わった。

3年前にシドニーでの

ポストベンション・オーストラリアに出た時は

心から感動した同行者たちから、

「こんなカンファランスを日本でも」という声を聞いた。

私は、「そうね、でも、できるかな?」という

疑いの思いが強かった気がする。

田中幸子さんが具体的準備を始めたと

聞いても、半信半疑であった。

それが、今年、コロナ禍のただ中で実現した。

学んだこと、出会った人たちが

心の中に残っている。

社会学者の岡知史先生(写真)のお話、

憲法学者の木村草太先生のお話などが

YouTubeでも聴ける。


(https://nain-christian.com/report/450488.html

行けなかった方々にもぜひ聴いてほしい。

 

ラインホールド・ニーバーの祈り

邦訳と英文を紹介します。

 

神よ、
私に変えることのできないものは、
それを素直に受け容れるような心の平和を!
変えることのできるものは、
それを変える勇気を!
そして変えられるものと
変えられないものとを、
見分ける知恵を!
この私にお与えください。

 

God
grant me the serenity
to accept the things I cannot change,
the courage to change the things I can;
and the wisdom
to know the difference.


      - Niebuhr, Reinhold

(聖パウロ女子修道会HPより)

祝宴の家に行くよりは

「祝宴の家に行くよりは、
喪中の家に行くほうが良い。
・・・・・・
悲しみは笑いにまさる。
顔が曇ると心は良くなる。」
伝道者の書7章2−3節


自分が自死遺族になって、
様々な本に助けを求めた。
「自死」とか「自殺」とかが入った書名に
気が滅入ることもないわけではない。
この11年で何冊の本を読んだか
覚えてはいないけれど、
もうこれでいいとは思わない。


むしろ、よかったものは人にも勧めた。
ナインの会で販売している。

(ちなみに、販売は前島個人の活動です)

本屋さんで書棚に向かう時も、
自死遺族として役に立つものはないか
という視点で見ていることが多い。
そして、これはと思うものは手にとってみる。
気に入らなかったらやめる。
良かったら、自分で読むだけではなく
人にも勧める。

最近読んだものは、
柳田邦男 著

「悲しみは真の人生の始まり」
 PHP研究所刊
1200円

NHKアナウンサーの三宅民夫氏の
インタビューに答える形である。
悲しみの度合いが深い人でも
読みやすい配慮がある。
文字が大きく余白も十分ある。

長く心を病んでいた
20代の息子
洋二郎さんを自死で失った悲しみ
それからの生き方を語っている。

柳田氏にキリスト教信仰はないが、
このタイトルには真理が含まれている。


ちなみに洋二郎さんの友人はクリスチャンで
誘われて教会に通っていたらしい。

「心を病んだ父、神さまを信じる母」(ゆめの)

ゆめの
ゆめの 作

「心を病んだ父、神さまを信じる母」
ノンフィクション コミック
イースト・プレス刊

ゆめのさんのお父さんは、ストレスから
統合失調症を発症した。
ゆめのさんが小学生の時だ。

母親はクリスチャンである。
ゆめのさんと兄と父親はクリスチャンではない。

統合失調症患者は、自死率が高い。
しかし、最悪の事態は免れた。





神さまを信じるお母さんが
楽天家なのが救いだ。
お父さんも信仰を持つようになる。
それでめでたしめでたしではないが。

数年後には、ゆめのさんに続編を書いて欲しい。


 

一年ぶりの目白ヶ丘教会

高橋氏2
通算16回目のナインの会を
東京新宿区下落合の 
日本バプテストキリスト教目白ヶ丘教会
にて開いた。

写真は、礼拝で語る高橋克樹牧師。
ヨハネ12章24節から「一粒の麦」。

20代で召された奥様の葬儀で初めて礼拝に出られ、
教会に通い始めて、
ご自分も信仰を持ち、のちに牧師として立たれた。
牧会とともに大学で教鞭を執る。

ウィルス感染の影響で小規模ではあったが
開催したことに意義がある。
参加者にも会場設定などを手伝ってもらう。

昨年10月の大阪での分かち合いに
自分自身が行けなかったので、
今回は中止にはしたくなかった。

みなさんほとんどマスク持参で来る。
お茶を飲んだりご飯を食べるときは
さすがに誰でもマスクを取るので、
普通の景色に戻ってホッとする。

個人的には、発足時から任されていた会計を
次の方にバトンタッチできたことが大きな変化だ。
全国世話人も一人加わってくださり、心強い。

次回は、名古屋の自由が丘教会で、6月27日に開く。
自分の役割の一つは、講師候補に連絡をすることである。
6月にはまた遺族仲間と会えることを励みに
これからの4ヶ月を過ごしていこう。


 

自死についての一般人の概念

カロリーナ

毎日新聞2020年2月14日 朝刊
 
新聞を読んで、
「自死」という言葉に出会うと、
目が留まる。


これは将棋界の女流棋士、
ポーランド人のカロリーナさん。

日本は曖昧な文化で、キリスト教のヨーロッパは黒白を
はっきりさせるという一例として、
自死を挙げた。

「日本では現在においても自殺率は高く、過去にさかのぼってみると
社会の負担を軽くするための自死や、近しいものや全体を守るための
自死(切腹)という例がありました。しかしながら、このように考えることは
ヨーロッパ世界では決して認められません。キリスト教の教義からすると
自死は絶対悪です。なぜならば神から与えられた恩恵である自己の生命を
自ら手放すことは、神に対する契約の反故であり、死後の救済を得られない
と考えるからです。・・・・」

毎日新聞編集部は、キリスト教世界の人の言うことだから
間違いのないことと思い込み紹介しているが、
本当だろうか。
確かに、ヨーロッパで自死を許されない罪のように
断罪していた悲しい時代があった。
例えば、自死者の葬儀を拒んだり、
教会の墓地に埋葬することを拒否したりと。
しかし、それも過去のこと。
現実には、かなり様変わりしている。

以下は、日本のカトリック司教団が2001年に発表した
「いのちへのまなざし」からの引用。

……
残念なことに、教会は「いのちを自ら断つことはいのちの主である神
に対する大罪である」という立場から、これまで自殺者に対して、
冷たく、裁き手として振る舞い、差別を助長してきました。
今その事実を認め、わたしたちは深く反省します

 この反省の上に立って、これからは、
神のあわれみとそのゆるしを必要としている故人と、
慰めと励ましを必要としているその遺族のために、
心を込めて葬儀ミサや祈りを行うよう、
教会共同体全体に呼びかけていきたいと思います。
……

カトリックも、またプロテスタントも
自死という現実の理解と対応は変わりつつある。
今は大罪としているわけではない。
当事者が自死に至る要因は
複雑であることが理解されてきた。
また、自死遺族の分かち合いのために
会場を提供してくださる教会は珍しくない。

そして、聖書を詳しく調べてみると、
神は、死に方によって人を裁かないことが分かる。

カロリーナさんは将棋の名人かもしれないが、
聖書をよく読んでいるわけではないらしい。
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今月のナインの会@東京で、礼拝説教をしてくださる
高橋克樹先生の自己紹介が、
「自死遺族支援と自殺予防 ーキリスト教の視点から」
の中にありますので、その一部を掲載いたします。







「私が二十六歳のとき、同じ年の妻が自死をしました。
今から三十年前のことです。妻は高校生のころにうつ病を
発症し、そのことが起点となってキリスト者になりました。
その信仰を尊重して札幌北教会で葬儀をしていただきました。
私にとっては最初の礼拝体験が葬儀だったのです。
その後、私は主日礼拝に欠かさず出席するようになって
一年半後に受洗しました。献身して牧師になっても、大きな
感情のうねりに足をすくわれることなく妻の自死について
語れるまでに十年以上の歳月が必要でした。大学院で死生学を
学び始めたのは、死別の悲嘆からの回復を解明したいという
思いからでした。」

(73ページ)

本書は、今月22日のナインの会でも販売いたします。(1800円)

第14回 ナインの会@愛知 開かれる

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通算第14回 ナインの会@愛知

去る6月29日(土曜日)11時から
名古屋市千種区自由が丘の自由が丘教会にて
ナインの会の分かち合いと礼拝が予定通り開かれた。

ただ、中央西線の一部でのトンネル火災のために、
長野ー名古屋間が普通になり、東京周りで行く羽目になる。

なんとか開始にギリギリ間に合ったので、安堵した。

例年よりも新顔の多い年になる。
始まった6年前は、
世話人以外は地元の方々だけだったと記憶する。

しかし、東京と大阪での開催が軌道に乗り、
今は、開催地以外に住む方の出席が当たり前になった。

ナインの会は、誰がどこからきてくださっても良い。
教会で開くけれど、信仰はなくとも
洗礼を受けていなくても良い。

家族を自死で亡くしていることだけが条件である。

次回は、10月26日(土)
日本バプテスト大阪教会(天王寺)にて。
前日の夕食から始めようと企画をしている。

ちなみに、夕方も中央西線は不通のままで、
再び東京周りで長野に帰ることになった。

自宅に着いたのは10時半すぎ。
とほほ。

 

オーストラリアで学んだこと

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6月13−15日オーストラリアのシドニーであった
第6回ポストベンション・オーストラリア
Building Hope Together
(ともに希望をもって)
に参加した。

身近な人の自死によって
人生を揺るがされた人にとって
助けとなる国際会議だ。

200人ほどの参加者のうち、
8割は自死遺族である。
講演者の中には遺族も多い。
むしろ遺族でない人の方が珍しい。

三日間で私が得たものは何か?

You Are Not Alone.
あなたは孤独ではない

そして

Post Traumatic Growth (PTG)
トラウマ後だからこそ成長できる人間がいる

この二つに集約できそうだ。

ともに参加した二人の日本人も
それぞれに多くのお土産を持って
帰国した。

6月29日ナインの会@愛知で
面と向き合ってお話ししたい。

ケイさん(息子を失った母)の証(2014年 サドルバック教会にて)



ケイ・ウォレンさんの証
(2014年 国際自死遺族の日大会 会場:サドルバック教会)

 先ほど話された方達と同じように、私も身近な人たちの自死にあいました。
25年前、近所の女性が私の家の前に遺書を残しました。
私は、なんとか止めようと必死に駆け回りましたが、無駄に終わりました。
数時間後に彼女の夫が電話をくれて、
彼の目の前で妻がピストルで自死したと教えてくれました。
私は病院に駆けつけて、彼女がなくなるのを見守りました。

3年前ですが、いとこの夫が、立派な牧師だったのですが、
隠れた飲酒を恥じて、納屋で縊死し、妻が遺体を発見しました。

1年半前には、私の息子のマシューが、
20年以上の精神病との戦いと 入院の後に自死してしまいました。
それで、首に多くのビーズをつけています。

先ほどの映像にあったように、
私も自死の後であらゆる種類の感情を味わされました。
圧倒されるような、恐ろしい、悲劇的な悲しみです。
二度と泣き止めないのではないかと思うような悲しみ。

感覚を失い、苦しくて言葉が出て来ない。
突き刺すような、目も眩むような罪責感。
「なぜ?」と暗闇に向かってうめき叫ぶ。
疲れ果てて、口で言葉を出すこともできない。

手足を動かすこともできない。
息子を正しく診断できず、また助けられなかった医療関係者への怒り。
ほとんど愛情を見せてくれなかった治療者への怒り。
自死を止めてくれなかった神への怒り。
家族を見捨てた息子マシューへの怒り。

飲食、夫婦生活、趣味など人生の楽しみを失いました。
世界が色を失い、モノクロ世界になりました。
もう一度、彼を私の腕で抱きたかった。

息子のいない残りの人生を生きなくてはならない。
一年半の間に感じたのはそれだけではありません。
映像にあったように、自分が神のみ手に抱かれていることも感じました。

信仰が癒しに役立ったことも事実です。
信仰が深められました。
これまでずっと真理であると信じてきたことが試されました。

「どうやってマシューの自死を乗り越えてきたのか?」と聞かれれば、
「神様への信仰です」と答えます。
信仰なしに生き延びられたとは思えません。
信仰があってさえ、かろうじて生き延びたのです。
信仰なしには考えられません。

癒しのために役に立ったことを紹介します。
私は目に見えるものに助けられます。
サドルバック教会でも話した事ですが、
「希望の箱」を持っています。

マシューがなくなる前、私の希望や祈りをこの箱に入れていました。
彼がなくなって、彼の癒しを祈った私の希望はついえました。
もう一度希望を見つけなければなりません。
未来について、私の未来、私の家族の未来についての希望を書いて、
箱に入れました。 毎日黙想の時間を持つ場所に、この箱を置いています。

この箱の隣には、もう一つ癒しの役に立つものを置いています。
「神秘の壺」です。
この中には、マシューの死についての疑問を入れています。
「なぜ?」
「なぜ止められなかったの?」

「なぜやめさせられなかったの?」
「なぜあの子は、銃なんか買ったりしたの?」
「引き金を引いた時に家族のことを考えていたの?」

「どうして別の解決が見つけられなかったの?」
恐らく答えのない疑問、 地上では見つからない答えかもしれない。
私が抱き苦しんだ疑問です。 皆ここに書かれています。
箱と壺は、黙想の時間を持つ場所に並んで置かれています。

この二つは、愛する者たちや友人、息子、娘、母親、
父親、友達、同僚などについて
私たち遺族が皆持っている希望や疑問を象徴しています。
このような疑問とともに、
私たちは希望を持つことも学ばなければなりません。

皆さんと同じように、私も再び希望を持つことを学んでいます。
私と家族が、最悪の悲劇を単に生き延びるだけではなく、
元気に生きるためです。

1年半後に小さな希望の緑のタネは、目を出しています。
私はエイズやHIV感染者、孤児などをサポートするボランティア活動を
11年ほどしていました。
マシューの死後1年ほどは、活動をおやすみしていましたが、
今は、心の病を持っている方のために働くことを生きがいにしています。
その活動が、マシューを失った傷を癒してくれます。

その死が決して無駄ではなかった、
新たなタネを蒔くことになる、
埋められたタネから大きな木が育つという希望です。
私たちの話を聞き、マシューを覚え、私たちのために祈ってくださる方々との
信頼を育ててくることができました。
私たちは一人で悲しんできたのではありません。
人を避けては来ませんでした。

皆さんにも役立つことの一つは、人間関係を築くことです。
信頼できる人々、
ありのままでいさせてくれる人
癒しをせかさない方々、
「もう忘れなさい」と言わない人、
「まだ泣いているの?」と言わない人、

「〜〜年も一緒にいられたんだからいいじゃない」とは言わない人、
ああすれば、こうすれば、と指図をしない人。
あなたを悲しませてくれる人々。

ここは、そういう安全な場所です。
ジェシカが言いましたように、グループの中で発言しなくても構いません。
そこにいるだけでいいんです。
あなたの悲しみは大切です。
あなたの悲しみはないがしろにされません。

これからトミー牧師が指導しますが、
皆さんのための私の祈りは、
私たちみな、単にこの悲劇を生き延びるだけではなく、
一日に一歩ずつ、一瞬ずつ、
私たちが地に撒いたタネが芽を出して行くことです。

神の祝福を祈ります。


(ケイ・ウォレンさんは、サドルバック教会創立者の夫人です)

家族を自死で失うということ(字幕付き)

字幕翻訳の出し方

字幕翻訳を見るには、

映像を開始する。

画面の右下の YOUTUBE と言う文字の左側にある
ネジのようなアイコンを押す。

「字幕(2)       英語>」を選ぶ。

「自動翻訳」を選ぶ。

アイスランド語から始まり、
様々な言語が選べますが、
一番下段に「日本語」があるので、それを選ぶ。

映像に戻ると、音声とともに日本語の字幕が現れます。
直訳なので、不自然ですが、
最低限の意味は伝わります。

悲しみ比べはしない

分かち合いのルールに

「悲しみ比べはしない」と言うものがあります。

なぜか?

悲しみは比べられるものではないからです。

そして、多くの場合、

「自分の悲しみの方があなたの悲しみよりも深い」

と言う主張になります。

比べられた方はたまりません。

「あなたの悲しみは私に比べて大したことがない」

と言う決めつけをされます。

どちらの悲しみが深い浅い、という感覚は

人間としてはありえるでしょう。
しかし、それは主観で、思い込みです。

あえてことばにしないほうがいいというのが、

自助グループの常識です。

精神科医 樺沢紫苑が答える 「父をなくしました」(女性)

『深い淵の底から 愛する者の死』

深い淵の底から_0001

本書には、

今年2018年10月27日のナインの会@大阪に参加し、

説教をしてくださる玉田真(まこと)牧師のお母様である

恵美子さんが寄稿しておられる。

ご主人である敬次牧師が還暦を過ぎ、牧師を引退した後に

自ら命を絶たれた前後のことを記されている。

敬次牧師は、中途失明の全盲者であった。

奥様は、全盲者の牧師の働きを支えて来られたのだが、

奥様が家を離れた隙に先立たれてしまった。

奥様は、神様の元へ送れたと平安を得られたようであるが、

その時両親のそばにいなかった息子の真さんにとって

それはどれほどの衝撃であったことか。

真(まこと)牧師は、それでも自死遺族であることを隠さずに

主イエスに仕えるお仕事に忠実に励んでおられる。

10月27日は自死遺族の集いでご本人の口を通してお語り頂く。

ナインの会@大阪(10月27日)を祈りつつ待ちたい。

会場:日本バプテスト大阪教会(天王寺駅より徒歩5分)

午前11時から午後3時まで(昼食持参)

(本書は、会場でも販売します)

Tさんとの出会い

     
 「信徒の友」という雑誌に、自分の半生を紹介する中で、父親を十数年前に自死で失ったことを、さりげなく書いている人がいた。
 その方のお父さんは、中途失明の視覚障害者であり、定年まで立派に勤め上げられたのだが、引退後に家人の留守の間に、遺書を残して生命を絶ってしまった。
 自死遺族であることを隠さずに、あえて書かれた勇気に驚くとともに、その事実とこれまでどのように向き合ってこられたのかをもっと知りたくなった。同じクリスチャンであることも一つの理由だ。連絡先を探し出して、まず電話をさせていただいたが、見ず知らずの人間の話も嫌がらずに聞いてくださった。

 先日は、県内に住むそのTさんという方を夫婦で訪問する機会があった。お忙しい中で、電話では尽くせなかったご家族のことを分かち合ってくださった。今は関西で一人暮らしをしているお母様の書かれた文章が掲載された本もお貸しくださった。
 お母さんは、視覚障害者の妻として結婚以来支えてこられたのだが、「自分は夫の苦しみをわかっているつもりでいたが、今になって実は失明した夫の絶望をよくわかっていなかったのだ」と述懐しておられるのが印象に残った。
 お二人は、自死遺族の分かち合いの会に出たことはなくても、自分なりの悲嘆のやり過ごし方を見つけ出してこられたのだと思われる。

 子どもを失った私たちと、父親を失ったTさん。境遇は違うが、愛するものを失った悲しみに共通するものは少なくない。
 おいそれとは会えない場所にいる方ではあるけれど、同じ自死遺族としてなんらかの形でこれからも支えあうことができたらと思わされた。

「今泣いている人たちは幸いです」

「今泣いている人たちは幸いです。
あなたがたは笑うようになるからです」(ルカ6章21節)


この一節に興味が湧いて、新約聖書に「泣く」「笑う」という動詞が
どれくらい出てくるのか、調べてみた。

「笑う」は、この節にしか出てこない。
一方、「泣く」とその類の動詞は数多い。例えば、


涙を流す(例:「イエスは涙を流された」)
悲しむ
子どものように泣き叫ぶ
泣きわめく
嘆きの歌を唄う
胸を打ちたたいて嘆く
うめく
心を痛める、、、

まだあるかもしれない。

神様は、私たち人間の様々な嘆きに心をとめられるからこそ、
これだけ多種多様な表現で
悲しみを書き留めてくださったのだろうか。

 

PTG(心的外傷後の成長)という考え方

PTSDという用語はよく聞く。

トラウマを経験した後のストレスが生み出す

心的肉体的な不適応のこと。

最近注目されているのが

PTG(心的外傷後の成長)だという。

Post Traumatic Growth

オウム真理教事件の被害者遺族高橋シヅヱ
さんの

インタビュー記事にあったのに目が留まった。

これを聞いて、

私が自死遺族会を開いていて思ってきたことと一致した。


家族を自死で見送る悲しみを通ったことは

マイナス要因にしかならないとみな思うが、

マイナスがゼロになるだけではない。

プラスにさえなる、というのが事実だ。

落ち着いてくると、ここから良いものを探そうという

心の余裕が生まれる。

これは、自死遺族だけではなく、あらゆる悲劇の当事者にも

言えることらしい。

マイナスがマイナスのままに終わってしまう人と、

マイナスがプラスに変わる人とは、何が違うのだろうか?


「苦しみにあう前には、私は迷い出ていました。
しかし今は、あなたのみことばを守ります」
詩篇の119篇67節

「苦しみにあったことは 私にとって幸せでした。
それにより 私はあなたのおきてを学びました」
同上 71節

自死遺族オカザキマリさんのお話



オカザキさんは、25歳の時にお母さんを自死でなくしました。
カナダ在住です。
十数年間黙っていたけれど、
自死遺族のグループにファシリテーターとして
出るようになって、治っていたと思っていたPTSDが
まだあることに気づいた。
しかし、話すことが心の癒しにつながったそうです。
信仰の話はしていないので、クリスチャンかどうかは不明。
英語で話しています。
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遺族の証言(2)ー日本語字幕付き

Life Journeys: Reclaiming Life After Loss from AFSP on Vimeo.

遺族の証言ーアメリカ自死防止協会(AFSP)制作(日本語字幕付き)

The Journey - A Documentary Produced by AFSP from AFSP on Vimeo.

映画「夜明け前のうた」





「私宅監置」
沖縄の精神障害者が、太平洋戦後もこんな人権侵害に遭っていたとは。
この映画を見るまで、私は全く知らなかった。
知人である原義和監督の好意で見させていただいた。
3月20日から東京をはじめとして全国で公開。

月刊誌「世界」4月号に映画評が載っている。
◇映画『夜明け前のうた――消された沖縄の障害者』
七沢 潔(ジャーナリスト)
 

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