ナインの会
       Christian Community of Suicide Survivors

     クリスチャン自死遺族のためのコミュニティ

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開催報告 What We Already Did

ナインの会@大阪(2019年10月26日)

穏やかな天気の中、今回は大阪で行われました。
分かち合いで10名の方が参加し、各自の思いを語り合いました。

できるだけお互いに聴き、語り合うため3グループに分かれました。
あるグループは故人の「人柄」についても述べ合い、思い出を共有できました。

また午後2時からの礼拝には14名と参加者が増えました。
ナインの会設立の経緯を知るため特別な証しもありました。
世話人の一姉妹が、アメリカの牧師から
「信仰は人の根幹」「それを抜きには自死を話せない」
と言われ、気づかされた・・・その話が印象的でした。

安部勉先生の説教では、ご自身の痛み、経験を穏やかに述べて、
集う方々に慰めの言葉をかけて下さいました。
「故人は全ての苦しみから解放された」
「悲しい・・・それが故人を近くに感じることではないか」
「世で悩みを終え、新しいいのちの始まりを迎えました」
と語られて確かな希望を見出しました。
ご奉仕を心から感謝致します。
 
会を重ねてリピーターの方々も多くなり、
それぞれ交流を深めているのを見て主の恵みを感じます。
さらに新しい参加者が加わり、活動の意義も見出せました。
自死はない方が良いのですが、会を重ねるごとに
「ナインの会という居場所は貴重だ」と何度も聞くようになりました。
それゆえ大いに力づけられております。

お忙しい中、会場教会の下川俊也先生が献身的にご奉仕下さり、
恐縮しております。特別に感謝申し上げます。
世話人の皆様、参加者の方も自発的にご奉仕下さり、愛の中で過ごせました。
本当に有難うございます。

思いがあれども様々な事情で参加できない方もいます。
主の慰めを得て、いつかご一緒に賛美できる時を願っております。
自死の悲しみの中でも、特別に得られるものが必ずあると信じて
憐れみ深い主の慰めと一筋の希望を抱いております。

(世話人—大浜)
 

アンケート(2月23日ナインの会@東京)

Bible
2月23日(土)のナインの会@東京 での
アンケート抜粋をまとめました。


(ナインの会は自死遺族の分かち合いと礼拝の場です)

信仰を通したお話は初めて。打ち明けられる場で、
ありがたかったです。ぜひまた参加させていただきたいです。
 
5人という少人数で、この会で顔を見知った方ばかりなので、
形式ぶらず、ざっくばらんに分かち合いができてよかった。
一年に一度、また当教会で開催していただけると助かります。
神様への思いを元に分かち合いのできる貴重な場です。
 
よかったです。神についての話、祈りを自由に話せて
質問できて、本当によかったです。
 
参加させていただき、ありがとうございました。
深い慰めと希望をいただきました。
他の家族にも紹介したいと思います。
 
ナインの会は貴重な存在です。
唯一、仮面を脱いで自分になれるところです。
 
いつも前向きになって帰れます。
 
新しい方をお招きいただいて、またリピーターの方との
より深い交わりが持てて、神様の導きに感謝します。
多くの気づきを頂きました。
 
遺族の分かち合いの後の礼拝はすばらしい。
生活の場へ戻って行けることはなんと幸いでしょう。
準備してくださった世話人の方々、
みことばを取り次いでくださった
野口牧師に感謝を申し上げます。
野口師のメッセージ、心に染み入りました。



次回は、6月下旬、名古屋市にて開催予定。
詳細は本サイトにて告知します。

ナインの会@東京 レポートby 大浜英樹

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東京ナインの会(2/23)の感想

世話人会 大浜英樹

ナインの会は不思議と穏やかで
暖かいお天気に恵まれます。
気がつくと東京開催は4回目で、
他府県を合わせると13回目です。


(写真は説教中の野口牧師)

会を重ねるごとに私は自分の故郷、その街路をスイスイと歩くように
会場入りも楽になりました。
今回、会場教会の牧師の野口哲哉先生が、
ご多忙にもかかわらずご奉仕して下さいました。
野口先生は去年も参加され、何度かお会いしているうちに
誠実なお人柄をとても感じました。
遺族のために説教ご奉仕を快く引き受けて下さり、
また献金もして下さいました。心から感謝申し上げます。

野口先生は説教の中でも自死の痛みを思い起こし、
主から得られる慰めに満ちたメッセージを伝えて下さいました。
何度も読んだ、或いは聞いたことのある
ルカの福音書15章11~32節をテキストにあげて
放蕩息子の話を通して真心から語りかけて下さいました。
特に私が印象深く残ったのは登場する兄が父へ訴える箇所です。

暗闇の中で共にいる父。
立ち尽くし、どのように答えれば良いのか分からない状況で
父は訴える兄を受け入れます。
そこに自死の痛みを重ね映すように先生は語りかけて下さいました。
同時に野口先生の思いが共感、共有でき、
とても心に染みました。

私だけでなく多数の参加者がとても良かった、
心に響いたと感想を表しています。
さらに小グループでは、お子さんを失った方々が多く集いました。
お子さんを失った遺族とそれ以外に分かれて各自の思いを語り、共有しました。

母が自死した私はそれ以外のグループで、
そこで最初は言葉少なく、重苦しい語り合いでしたが、
お弁当を食べながら交流するうちに打ち解けて、
自由な語り合いになったのがとても良かったと思います。
その時は瞬く間に過ぎて時間が足りないくらいでした。

10回以上、会を重ねていくと多くの再参加者に出会います。
そこで親しみさえ覚えます。
北海道から沖縄まで各地から集まり、その痛みを共有し合い、
さらに慈しみ憐れみ深い主を共に仰いで礼拝することで、
闇の中に差し込む一筋の光のような貴重な祝福、希望を得ます。

当然、自死は避けたいものです。向き合えば向き合うほど悲嘆が大きく、
辛くなります。しかし聖書が教える真の神より、その聖書の語りかけ、
ご遺族との出会いから、さらに会を終えて生活の場に戻った今も、
主にある新たな支え、生きる力を得ています。
 
ナインの会はカトリック、プロテスタントを問いません。
また礼拝は遺族以外も参加可能です。
ぜひ次回、愛知ナインの会にご参加下さい。
(2019年3月5日記)

ナインの会@東京

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さる2月23日(土)東京都新宿区の目白ヶ丘教会を会場に
ナインの会第13回が開かれました。
東京では通算4回目となります。

三年前の2016年に初めて開いたときは、
「来年はどうなることやらわかりません」
と皆さんに話したのですが、
それから欠かすことなく毎年開いています。
それも、このような種類の集いが他にないからでしょう。

4回とも続けて出席している人が珍しくありません。
これだけ続くと、互いに顔見知りになります。
名前も覚えます。

互いの変化がわかります。
それも、悪い方ではなく良い方への変化です。
世話人としては、大きな喜びです。

礼拝説教を担当されたのは、目白ヶ丘教会牧師で
分かち合い参加者のお一人でもある、野口哲哉牧師。
(上記の写真)
奥様を見送られた時のお話を切々と語ってくださいました。
「心に染み入りました」という感想を聞きました。
同感です。

このような群れの一員に加えられていることを
改めて感謝しました。

来年も、2月下旬の土曜日に同じ会場を
お借りできるよう祈っております。
参加してくださった皆様、ありがとうございました。
また一年後にここで会いましょう。

ナインの会@大阪(2018年10月)

2018年10月27日

大阪ナインの会 感想

世話人 大浜 英樹

 

 今回は世話人の前島常郎さんがご紹介して下さって長野県から

玉田真先生(大町教会牧師)をお迎えして行われました。

先生もお父様を召され、その心の痛手を語って下さいました。

玉田先生ご自身の経験、うつと向き合う中でご奉仕に取り組んで下さり

心から感謝致します。

 

聖書箇所は「わたしが休ませる」という主の招き、

マタイの福音書11章28節を取り上げて、証しを中心にお語りになり、

小グループでも玉田先生が感じたことをお話して下さいました。

私たちは玉田先生の姿勢を通しても信仰について学ぶことができました。

 

 ナインの会は礼拝説教だけではなく、分かち合いの時もあります。

その中で自分の思いを語り合えます。

今回は三つのグループに分かれ、

語り合う2時間があっという間に過ぎて終わりました。

それでも皆さんは話し合いたいとの思いで、

食事時間も分かち合いになるほどでした。

やはり当事者同士で、キリストの名の下に心境を共有できることは

とても貴重です。

有益な傾聴の時でした。

 

 また遠方から新しく参加して下さった方もいました。

毎回思いがけない出会いが備えられているので世話人もとても励まされます。

その他にも「ぜひ活動を続けて欲しい」との感想に新たな力、支えを得ました。

個人的に今回の集会でも新しい発見や学び得たものがあります。

皆さんとの出会いや礼拝から主のみわざを見出しています。

ナインの会も慰めの主によって成長し、神の愛の中で育まれていると感じます。

どうぞナインの会にご参加下さい。

闇の中にいるという心境でも主を仰ぐことで光を得ます。

ご一緒にそれを共有しましょう。

 

さらに今回も、大阪バプテスト教会の下川先生ご夫妻と関係者の皆様が

私たち遺族のために会場使用をご理解下さいました。

また数々のご奉仕、ご親切を賜り心から感謝申し上げます。

そこにも主の慈しみ憐れみを見出して特別な慰めが与えられています。

私たちも主の御手の中で確かに養われています。

心から主の御名をほめたたえます。

 

東京目白ヶ丘教会2018年2月24日

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(参加した世話人 左から北村寛、大浜英樹、矢野榮子、鈴木愛子、前島常郎、米山容子)
 
ナインの会@東京2018

 
2月24日(土)11時から 新宿区の目白ヶ丘教会にて開かれました。

講師の進藤龍也牧師も、奥さんを伴って11時前から参加。
進藤牧師らしい、つまりは牧師離れしたいでたちです。

世話人も含め24名の出席者でした。

3グループに分かれて、
11時半ごろからランチを含んで1時半ごろまで
2時間ほどグループごとに
愛するものを失った思いの丈を分かち合いました。

進藤先生は、10年前にお父様を
昨年3月には娘さんを天に見送られました。

一時は「自分は牧師はやめよう」とまで思いつめ、
身の振り方まで考えたけれど、
尊敬する恩師から

「何があっても君のことを守る」

と諭され、イエス様からは、聖書を読むたびに、
「私はなんのためにお前を救い出したのか?」

と問いかけられ、牧師職に召されたことを再確認しました。

「牧師をやめる」という決意を撤回したのです。

イエス様の十字架の苦しみを語るのに
説教台の前まで出て
全身を使って話す先生のことばに、
誰もが身を乗り出して聞き入りました。

「あなたのその苦しみは何一つムダにならない。
必ず役に立つ日が来る」
先生は、そう結ばれました。

近くから遠くから、ナインの会に集まった方々に
世話人一同心から感謝しています。


(記 前島)

第9回ナインの会@大阪 開催報告

10月28日、大阪市天王寺「大阪パプテスト教会」で、
「大阪ナインの会」が開催されました。
参加者は延べ13人でした。

11時から、クリスチャン自死遺族の分かち合いが行われ、
初参加の3人の方からのお話しを中心に、
それぞれの遺族が、天国に逝かれた愛しい方への想いや、
遺族としてのその後の人生を語り合いました。

自死という苦しみは宗教宗派を超えるものではありますが、
神の御国を信じる者同士、「亡くなった方はいま、
神の御許で安らかにすごしている」という想いを分かち合えたことは、
クリスチャンの集まりならではだったと感じました。


≪礼拝≫
1、黙とう
2、讃美 「聖歌604番」
3、聖書朗読「ヨハネの福音書9章1~7節」
4、祈り
5、メッセージ 「神のわざが現れるため」 
6、祈り
7、讃美 「讃美歌312番」
8、献金と祈り
9、頌栄 「頌栄541番」
10、祝祷

主催者による総括

 天王寺駅前の目抜き通りに面した
美しい日本バプテスト大阪教会の会堂をお借りして、
クリスチャン自死遺族の分かち合いをしました。
世話人が5名、今回初めての参加者が3名です。

 8名全員が、それぞれの教会で主イエス様に仕えていますが、
家族を自死という形で失ったナマの自分を出せる場は、
普段の教会生活にはなかなか見つかりません。

ですから、このように時間と場所を決めて遺族が経験を分かち合い、
互いを受けとめ合うことには大きな意味があります。
 今まで出会ったこともなく、存在することも互いに知らなかった
遺族に出会い、今まで話せなかったことを口に出すと、
たとえ何の助言ももらえず、事態は何も変わらないように見えても、
自分の中で何かが確実に変わっていきます。

 世話人もついつい「世話人だから来ているのだ」と思いがちですが、
実は毎回、目に見えない多くのおみやげものを戴いて帰ります。
 昼食時には、持参の信州りんごを皆さんに味わっていただきました。
 午後2時からの礼拝には、会場教会の牧師である下川先生ご家族や
数名の教会員も参加され、ある方はピアノ伴奏まで買って出てくださり助かりました。

 最後に、はるばる沖縄から来られ、ヨハネの福音書9章から
「神のわざが現れるため」と題して説教の労を取ってくださった
世話人の一人である大浜さんにも感謝します。
神様からの豊かな報いがありますように    
(世話人—前島)
 当初、顔見知りのみの集まりと予想しましたが、
主は新しい方々を集会へ導いて下さいました。
それゆえに世話人会も励まされました。
瞬く間に時間が過ぎ去り、もっと話し合いたいと感じました。
朝11時から昼4時まで分かち合いや礼拝が行われますが、
とても短く感じます。
話したい事は山ほどある、でも言葉にならない思いもあります。
そのように遺族は痛みを覚えています。
それを聞くたびに何度も涙がこみ上げてきます。
でも、それで終わりではなく、主の支えがあります。
痛みを抱えて生きていくのは辛いと感じますが私たちには
それを共有できる仲間と慈しみ深い主が一緒にいて下さいます。
一般の遺族会や分かち合いもありますがナインの会には
祈りや賛美で不思議な慰めを得ます。
また昼食や交わりなどでは時折、笑顔も見出します。
皆で昼食(持参弁当)を広げ、分け合う中で会話も弾みます。
そして礼拝では遺族以外も参加できます。
関心を寄せている方がいると分かり、そこでも心強く感じて
安心を得ます。
礼拝後の交わりで将来の展望を話し合う事ができました。
前回はパンフットについて話し合い、それが進んで実現しています。
さらに今回はビジョンが示され、新しい目標、チャレンジを感じて
います。外国での遺族支援会の話から大きな夢を描きます。
ですからナインの会はとても不思議な集まりだと私は思います。
そこに教派の違いがなく、大きな痛みの中でも一つとなって主を
仰いでいるゆえに純粋な教会ではないかと感じます。
これからも無理なく、私たちらしく主を仰いで行きたいと思います。
もちろん様々な課題がありますが皆で話し合う中で主の助けを得ら
れると信じます。
各地から集まる世話人も遺族を想い、寄り添いたいと犠牲を払って
奉仕して下さいました。とても尊い思いが伝わります。
今回も主の大きな恵みと人々の愛に心から感謝申し上げます。
また来年2月に東京でお会いしましょう。
 
追伸:会場となった日本バプテスト大阪教会の方々からも多くの
ご協力を頂きました。本当に有難うございます。
教会の方々と、ご一緒に賛美と祈り、礼拝をささげる事ができ
そこで主の憐みを感じて新しい力を得ました。
この会のために下川先生、教会の方がチラシを用いて声をかけて
下さった事など、ご配慮がとても嬉しく感じます。
また奏楽奉仕がいないのを知り急遽、ある方が担当して下さいました。
お陰様で私たちは心地良く賛美をささげる事ができました。
主と隣人の数々の善意に心から感謝致します。
そのように多くの愛と、そのみわざが差し伸べられ、
私たちは思いを新たにして進めます。
特別感謝致します。         
(世話人 牧師:大浜)
          
メッセージ要約

ヨハネの福音書9章1~7節
「神のわざがあらわれるため」
自死は他の死と比べると差別されやすい死です。もともとある生まれつきの考え、古い考えに基づいて人は判断するのです。それは世の中の常識とも言います。それが時に、私たちを縛り上げるように支配します。その中で一度自死が起こると因果応報などと言われ、自死遺族はさらに苦しみます。そのような心無い言葉で苦しみ、傷が広がるのです。
聖書の世界も同じような事があります。ヨハネ9章1~7節です。主イエス様の時代も似たような考えに縛られていました。ですから人々は「彼が罪を犯したからか、両親か」と原因と結果を冷ややかに分析し、言い表します。当事者である目の見えない人にとっては、それは苦しみを拡げ、恐怖さえも抱く言葉です。そこには何も解決がない。もはや人にとって大事な愛も失われます。しかし、イエス様だけは全く違う見方をします。その古い生まれつきの考えに、しっかりと向き合います。そして全く違う考えで「神のわざが現れる」と示し人々を解き放つのです。実はその前の8章でも、罪あるところに罰をと要求する人々とイエス様は向き合います。訴える人々は世の常識も上手く取り込み、自己を正当化して、その苦しみ打ちのめされた人をも責め、さらに主をも責め立てます。そこでイエス様は新しい見方、考えを示すのです。その人を罪に定めず、責めや恥から自由にし、回復させたのです。それに続いて、この9章でも古い考えに縛られる人々へ一石を投じています。新しい考えを示し、人々を解き放ち当事者も新しくします。さらに、この9章3節の「神のわざ」とは原語上「行い、働き、務め」とあり複数形となっています。つまり数々のわざであり、これからも数々のわざがなされると読めます。なぜなら、この先の14章12節でも主にある人々もそのわざに参加するよう促されているからです。それは自死遺族の私たちも同じです。ところで私の場合は母が自死し、その痛みを覚えています。できれば自死は避けて欲しい、生き続けて欲しかったと願います。しかし聖書が教えるまことの神様はフォローする方です。その自死日に後で娘が生まれ、さらに今年同じ日にバプテスマを受けました。私は様々な事柄から祈り考え、自死をとらえ直しました。自死にも価値がないか、意味があるのではないかと直したのです。もちろん自死は決して好ましいものではありません。でも生まれつきの古い考え、世の常識から自由になり、とらえ直して今では他の遺族を新しい家族だと考えています。ナインの会も不思議な導きによって立ち上がり、そして母の自死にも意味があったと信じ「お母さん有難う」と言い表しています。それも神のわざの一つだと言えます。
このナインの会も神のわざです。そして、そこに集う私たちも持ち場、立場は異なりますが、それぞれ神のわざを表していきましょう。焦らず一つひとつ、無理なく主と共にこの世に示していきましょう。
          

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